東武特急 リバティで行く栃木の旅 其の三:昭和の残像と、北千住経由の回り道
栃木駅のホームに立つと、そこにはどこにでもある地方都市の、学生たちが溢れる日常の風景があった。
ここに、かつての栄華を誇った「旧スペーシア(けごん)」が滑り込んでくる姿は、どうにも想像できない。
案内も少なく、どこで待てばいいのかも判然としないまま、時間だけが過ぎる。
やがて、特に何事もなかったかのようにスペーシアが到着した。
案の定というか、自分の引きの強さというか、指定席は2号車だったが、乗り込んだのは5号車。
だが、このミスが功を奏した。
席に向かうために車内を縦断することになったのだが、そこには濃厚な「昭和」が手付かずで残っていたのだ。
通路を進む途中、かつてのビュッフェ跡と思われるスペースを通りかかった。
現役時代、ここにはどんな喧騒があったのだろうか。もしかしたら、この旅一番の収穫はこの「遺構」を目撃したことかもしれない。
写真を撮り損ねたことが、今さらながら悔やまれる。
帰路は少し足を延ばして、終点の浅草ではなく北千住で降りることにした。
約1時間の乗車時間。車中ではAIを相手に、「なぜ栃木はこれほどポテンシャルがあるのに人気がないのか」「どうすれば化けるのか」という議論を戦わせた。
WEBディレクターの性か、どうしても街の「ブランディング」について考えてしまう。
北千住に到着後、少し考えた末に柏まで行き、野田線(アーバンパークライン)で帰るルートを選択した。
明らかに無駄な遠回りだが、往路の春日部駅と、復路の北千住駅を自分の中で比較できたのは大きな収穫だ。
軍配は、言うまでもなく北千住。駅としての地力の差を再認識した。
地元・鎌ヶ谷駅まで戻り、一人でこの旅の反省会を執り行う。
無駄と誤算、そして時代が混ざり合う不思議な景色。
終わってみれば、最高の遠出だった。
ここに、かつての栄華を誇った「旧スペーシア(けごん)」が滑り込んでくる姿は、どうにも想像できない。
案内も少なく、どこで待てばいいのかも判然としないまま、時間だけが過ぎる。
やがて、特に何事もなかったかのようにスペーシアが到着した。
案の定というか、自分の引きの強さというか、指定席は2号車だったが、乗り込んだのは5号車。
だが、このミスが功を奏した。
席に向かうために車内を縦断することになったのだが、そこには濃厚な「昭和」が手付かずで残っていたのだ。
通路を進む途中、かつてのビュッフェ跡と思われるスペースを通りかかった。
現役時代、ここにはどんな喧騒があったのだろうか。もしかしたら、この旅一番の収穫はこの「遺構」を目撃したことかもしれない。
写真を撮り損ねたことが、今さらながら悔やまれる。
帰路は少し足を延ばして、終点の浅草ではなく北千住で降りることにした。
約1時間の乗車時間。車中ではAIを相手に、「なぜ栃木はこれほどポテンシャルがあるのに人気がないのか」「どうすれば化けるのか」という議論を戦わせた。
WEBディレクターの性か、どうしても街の「ブランディング」について考えてしまう。
北千住に到着後、少し考えた末に柏まで行き、野田線(アーバンパークライン)で帰るルートを選択した。
明らかに無駄な遠回りだが、往路の春日部駅と、復路の北千住駅を自分の中で比較できたのは大きな収穫だ。
軍配は、言うまでもなく北千住。駅としての地力の差を再認識した。
地元・鎌ヶ谷駅まで戻り、一人でこの旅の反省会を執り行う。
無駄と誤算、そして時代が混ざり合う不思議な景色。
終わってみれば、最高の遠出だった。